天秤と木槌

カチッ・サーは自然界の動物だけでなく、人間にも多いに備わっていることがわかりました。

ところで、最初の宝石店の話を覚えているでしょうか?

全く売れなかった宝石が、値段を倍にすることで売り切れてしまった話です。

これにはこのカチッ・サーが深く関わっているのです。

ステレオタイプに従う人たち

宝石店に来る客は裕福な観光客でした。

そのうえ、ターコイズについて別段詳しいわけでもありませんでした。

そこで、客は「高価なもの=良質なもの」という原理、ステレオタイプを用いたのです。

商品の品質についてよく知らない場合、しばしこの種のステレオタイプが使われることが、多くの研究で明らかにされています。

良質な宝石を求めた客は、価格が大幅に上がった宝石を見て、買う価値があるものと信じ込んでしまったのです。

思考の近道

この一件について、観光客を愚かだと思う人もいるでしょう。

しかしながら、彼らは「安もの買いの銭失い」というルールを聞かされて育った人たちであり、実際にそうであった場面を何度も見てきた人なのです。

そうしているうちに、「高価なもの=良質なもの」と置き換えられてしまったのです。

普通、商品の価値が上がれば、その価格も上がります。

品質の良さ=価値だとすれば、「高価なもの=良質なもの」は大抵正しいのです。(希少価値についてはともかく)

彼らは値段の上がったターコイズに対して、価値を見分ける技術をコツコツと習得する代わりに、概ね品質を言い当ててくれる一つの要素に頼ったのです。

このケースでは観光客には少し気の毒でしたが、こうしたてっとり早い方法、思考の近道に従うのが結局は最も合理的なのかもしれません。

複雑で難解な私たちの世界

人間の行動の多くは自動的で紋切り型です。

多くの場面で、それが最も効率的な行動形態で、場合によっては、単にそうする必要があるからです。

それは私たちの住む環境が、とてつもなく複雑に入り組んでいるからです。

たった一日の間に遭遇する人や出来事や状況……その全ての特徴を理解し、分析することは不可能でしょう。

そうする時間もエネルギーも能力も私たちにはありません。

そのため、思考の近道を用いることが必要なのです。

信号刺激となるいくつか特徴と照らし合わせ、もしそうした特徴があれば、考えるより早くそれに応じた反応をするのです。

とはいえ、そうした思考の近道も当然万能ではありません。

全ての物事がその一定の信号刺激と一致するわけではないからです。

他に選択の余地がないために、その不完全さに目をつぶるしかないのです。

そうでなければ、物事の目録を作ったり、評価を下したり、調整したりで忙殺され、身動きがとれなくなってしまうでしょう。

判断のヒューリスティック

日常の判断を行うときに、私たちが使う心理的な思考の近道はたくさんあります。

「判断のヒューリスティック」と名付けられていますが、それは「高価なもの=良質なもの」というルールと同じように作用します。

このおかげで多くの場面で単純な思考で対処できるわけですが、ときにはそのせいで高くつく過ちを犯す危険もあります。

特に重要になるのは、

どのような場合に、他人から言われたことを信じたり、従ったりするべきかが分かるヒューリスティックです。

よくある原理として、「専門家がそう言うなら、正しいに違いない」というルールです。

権威のありそうな人の言うことや指示を、盲目的に受け入れてしまうという少し不安なヒューリスティックです。

おわりに

「ヒューリスティック」という言葉が難しいので、自分なりにわかりやすく解説すると、

友達友達

どっか遊びに行こうぜ!

雪増

(今日は気が向かないな……でもなんて断ろ)

雪増

(そうだ!偉い人が不要不急の外出は控えるよう言ってたな)

雪増

ごめん、いろいろ落ち着いたら遊びに行こうよ

大体こんな感じかと思われます。

次回は、

この判断のヒューリスティックについて深堀していきます。