これまでの自動的な行動パターンについて、最も気を付けなければならないことは、このパターンの機能を熟知している者に対して、私たちは恐ろしいほど無防備になるということでした。
自然界においても擬態と呼ばれる方法を使い、他の生物を騙し、自分の利益にする生物もいます。
その例をあげましょう。
すべての世界で幅広く存在する『擬態』
フォトゥリスというホタルのメスが、フォティヌスという別種のホタルのオスを捕食するために仕掛ける行動です。
当然、フォティヌスのオスはフォトゥリスのメスとの接触は避けようとします。
長い時を経て、フォトゥリスのメスは弱点を見つけました。
フォティヌスのオスとメスは、求愛のときに使う点滅信号によって、交尾の準備ができていることを伝え合うのです。
フォトゥリスのメスは、この点滅信号をまねることでフォティヌスのオスを騙し、捕食することに成功したのです。
生存競争の激しい世界では、ほとんどすべての生命体に偽物が存在します。
賢いウイルスは、有益なホルモンや栄養素の特徴を身に付けることで、健康な宿主細胞に入る資格を獲得します。
これにより、狂犬病や単核細胞白血病、感冒を発病させる原因を自ら取り込んでしまうのです。
人間世界でも、このような自動的反応を利用して利益を得る者がいます。
本能的な動物の反応パターンとは違い、人間の場合は、私たちが受け入れるように学習してきた心理学的原理やステレオタイプから作られています。
程度の差はあれど、なかには強大な力で行動を方向づける原理もあります。
幼い頃からこうした力の影響を受けてきた私たちには、その力の存在に気付くことは困難でしょう。
しかしながら、そうした原理は一部の人にとって、よく整備された、自動的な影響力の武器なのです。
武器を使いこなす人たち
彼らは自動的な影響力の武器がどこにあるのかをよく知っており、自分の欲しいものを得るためにそれをうまく使いこなします。
社会的な出会いを繰り返し、そのたびに相手を丸め込んで要求を通そうとします。
その成功率は目がくらむほど高いのです。
成功の秘訣は、その要求の組み立て方にあります。
影響力の武器が力を発揮するのに、強力な心理学的原理と、自動的な行動テープを作動させるための言葉が一つあるだけで充分な場合もあります。
宝石店の話ではありませんが、「高価なもの=良質なもの」という原理を使ったもう一つの例を紹介しましょう。
1930年代、紳士服店を営んでいたドルベック兄弟のシドとハリーがいました。
シドは、三面鏡の前で試着している客に対し、自分は耳が悪いので大きな声で話すように頼み込みます。
お気に入りの一着を見つけた客がシドに値段を尋ねました。
尋ねられたシドはハリーに値段を確認します。
「ハリー、このスーツはいくらだっけ?」
裏で仕事をしていたハリーが答えます。
「オール・ウールの最上級のやつだね。42ドルだ。」
シドはその声がよく聞こえないフリをしてもう一度尋ねますが、返答は同じです。
「42ドルだ。」
そしてシドは客の方に振り返って答えました。
「23ドルだそうです。」
それを聞いた客は急いで代金を支払い、そそくさと店を後にするのです。
ここまで読んできた方なら、概ねどういうことか理解できるでしょう。
「良質なもの」を何とか安く手に入れたいと思うのは「自然」なことなのです。
おわりに
すべての俗にいう、大金持ちといわれる人たちが影響力の武器を意図的に使っているとは限りませんが、少なくとも、私が学んだこの「影響力の武器」をどこにどのように活かせば大金持ちに近づけるのか、全く思いつきません。
きっと彼らと私には、知識以前にとてつもなく大きな差があるのでしょう。
身を守る盾として使うだけで精一杯です。
それだけでも充分な価値があるといえますが、大抵の人たちは私と同じでしょう。
次回は、もう少し専門的な影響力の武器の話に入っていきます。